春を呼ぶドッペル事件?
「赤い髪のリュウカ、か……」
「なんか、街中を走り回ってるみたい。あっちこっちで目撃情報があるんだ」
ローロリオの住む、フラワーガーデン211号室。
街の人々から質問攻めにされて少し疲れた様子の“青い”リュウカから、ローロリオは話を聞いていた。
曰く、「図書館の中に飛び込んできた」だの、「学校の方角から走ってきた」だの、「ネザーゲートの前に走ってきたが、すぐに引き返していった」だの……ほぼ「ポルカーナ中」といってもいいくらい、あちこちで見かけられているのだ。
「それで、パニックになっているようだったと」
「そうそう。声をかけても返答がめちゃくちゃだったってさ」
ローロリオの入れた紅茶を飲み、一息つく。
今、ポルカーナではリュウカにそっくりな少女の話でもちきりだ。
中には、「リュウカのドッペルゲンガーでは?」と言う人もいる。
「そんなに怖いものじゃないと思う」と否定こそしたが、ひとまず正体を掴まないとおちおち休んでいられないよ……とリュウカはため息を吐いた。
「もし君の分身であれば……いや、そもそも分身を呼ぶ時は君もそのことは知っているだろうな」
「そりゃそうだよ!『こちらに許可を取らずに分身を呼ぶな』って何度も言われてるんだもん。それに私の分身はみんな青髪だし、今回の赤髪の子とは全然違うよ」
「うーむ。とりあえず、混乱が落ち着かないことにはどうにもならんな……みっちゃんにも協力してもらって、あまり話題に出さないようにしてもらわねばな」
「そうだね。皆に頼んでこようよ!」
今の少女は、人々の視線すら怖いはずだ。ならば、平常通りにして刺激が入らないようにすれば少しずつ出てきてくれるのではないか。探すのはそれからでもいいだろう。
そう考えたローロリオは、リュウカと共に街へ繰り出した。
――それから日が暮れて、人数も減り始めた頃。
(ううう……なんでみんな私の名前を知ってるの……?)
少女――“赤い”リュウカは、駅の裏手の森ですっかり怯え切っていた。 知らないことだらけの街で、誰にも教えていないはずの名前を呼ばれ、ぐるぐると頭の中が混乱してしまった彼女が唯一姿を隠していられるのがここだけだったのだ。
……しかし、ここは街の傍とはいえ未開拓の鬱蒼としたジャングル。そんな彼女に、またも危機が迫る。
(ひっ……!!)
爛々と光る、8つの赤い瞳。蜘蛛が、少女の傍に現れたのだ。
助けを呼びたいが、先ほどのことを思い出すと声が出ない。
悩んでいる間に、蜘蛛はどんどんこちらに迫ってくる。
ついに飛びかかってきた蜘蛛を見て、少女は死を覚悟した――
「とりゃああっ!!」
「キシャァ!」
とっさに駆け付けたリュウカが、蜘蛛の顔に向かってキックを食らわせたのだ。
次々に蹴りを食らった蜘蛛は、すごすごと森の中へ逃げて行った。