少女と神様の見る世界
のどかな街、ポルカーナ。
その中でもひときわ高い建物である見晴台の根元に、少女は立ち寄る。
天高いその塔の先を、異界から来た少女はじっと見上げていた。
「今日も見上げているのか、リュウカ」
ふと声がかかる。視線を空から下ろすと、翼と髪に宇宙を映した竜人が立っていた。
ローロリオ。異界から少女ーーリュウカを追って現れた神。
他の住民には何の神か、そしてその本名の全ては明かしていない。その正体を知るのはリュウカだけだ。
「あれ、ローロリオがここに来るなんて珍しいね。何かあった?」
「たまには来てみようかと思ってな。ちゃんと町を見て回ってなかったなと思ったのさ」
リュウカが不思議そうにローロリオに問うと、ローロリオはリュウカの隣に並びながら答えた。
「……元の世界が恋しいか?」
「へ?」
「君が度々ここに来ては塔を上るのではなく見上げているのは、元居た世界の建物を思い出してのことだろう?帰りたいと思うことはないのか?」
今度は、ローロリオが問い返す。
リュウカが元々居た世界には、ポルカーナの見晴台のような高い建物が幾つもそびえる都会があった。モンスターは居らず、科学の発達した大都会。
そんな故郷が懐かしくなったのでは?とローロリオは訊く。
「うーん……そうとも言えるし、違うとも言えるかな」
「あやふやだな」
「だって、今までも成り行きで異世界に飛んできたり、帰ったりしてたんだもの。今さら焦ることもないじゃないか。今までに見てきた中にはすごく危険な世界もあったけど、ここはそうじゃないしね」
リュウカは落ち着いた様子でローロリオを見る。いくつもの世界を渡り歩いた旅人としての答えだった。
「それに、私はこの街が大好きなんだ。いつかその日が来るかもしれないけど、それまではずっとここに住んでいたいって思う」
「……そうか」
「そう言うローロリオは持ち場に戻らなくて大丈夫なの?世界の観測が止まってたら困るんじゃない?」
「あっちには私の代わりに観測を続ける者達がいるから大丈夫だ。新しい刺激を得るのも大事だからな」
「そっか」
少女と神。一見すると大きく立場に隔たりのある二人だが、その会話に一切の差は無かった。
ごく普通の、仲の良い不思議な友。その関係がどのようにして生まれたのか、それは二人だけの秘密。
「そうだ、ローロリオはもう塔に登ってみた?ポルカーナの風景が一望できるよ」
リュウカがそう言って指を指すのは、見晴台の最上階。
「……そういやちゃんと登ったことはなかったな。行ってみるか」
またな、と軽く別れを告げてローロリオは塔の中に踏み入る。
「あ、翼は使っちゃダメだからねー!」
「分かってる!というか塔の中で飛べるわけないだろう!」
後ろから聞こえてくるリュウカの冗談に答えつつ、ローロリオは石レンガの階段を登っていった。
塔の最上階。その見晴台から広がるポルカーナの景色。
穏やかで平和な街と、暖かく優しい人々の営み。
(ーー成る程な)
リュウカの知る賑やかだが窮屈な大都会とも、ローロリオの知る広大で静寂に支配された宇宙とも違う世界が、そこにはあった。
(あの子が好むわけだ)
宇宙を映した髪が、風に吹かれ静かに揺れた。
ここはポルカーナ。
様々な世界から様々な人々が集う、自由でメルヘンな優しい世界。