地に落ちたローレライ
「奈落に落ちる」
とはよく言ったものだ。
私はまさに「奈落に落ちて」しまったのだから。
遠のく意識の中で聞いたのは、悲鳴とざわめき。
そして、目覚めた時にはもう杖無しでは歩けぬ体たらくだった。
かくして、歌劇団一のローレライ、テアー・スケープトロンは姿を消すこととなる。
…時は流れ、海の底。
海底レストランと呼ばれるここは中々に忙しい場所だ。
そんな中、私は1人椅子に座り、歌劇やミュージシャンの歌を聴きながら予約帳簿と向き合っている。
昔の仲間が見たらなんという転落だと嘆くだろうか。
だが、私はこの生活に存外満足している。
「…♪、♪~♪♪~」
さあ、今日もローレライの公演だ。
遠くに聞こえるざわめきが心地いい。
私のことを知る客人はほぼいない、ただのローレライとして私は歌う。
「…また歌っているのですね」
「おや、キーパー」
「ジェイルですってば」
このやり取りにも慣れたものだ。
彼が来たという事は、今日の予約客はもういないということだ。
「テアーさん、歌好きですよね」
「ああ、私の生きがいだよ」
「あなたが言うと大袈裟に聞こえませんね」
「大袈裟ではないのでね」
彼を拾ってから何年だろうか?
私の正体を知らないらしい彼は、私をローレライのようだと例えた。
それが気に入ったので、私はローレライとして君臨する事を決めた。
姿は見えずして良い。
歌だけで心を掴む。
決して会えぬ存在。
「…ローレライ、実に魅力的だ」
「また言うんですかそれ」
「何度でも言うともさ」
ローレライとして生きられているのは、君のおかげとは言えないけども。感謝も込めて私は歌おう。
私はテアー・スケープトロン。
海の底で歌うローレライ、今日も心を奪う歌を奏でよう。